3.11が変えた私の仕事 ― あの日から15年

今日は「3.11」。

あれからもう15年です。

2011年3月11日。金曜日。

その日、私は教室でミーティングをしていました。

突然、誰もが顔を見合わせるほどの大きな揺れ。

教室の外に出て様子を見に行った私は、

片方の足を建物側に、もう片方の足を道路側に置いて立っていました。

その時、両方の足が勝手に前後に揺れたのです。

「地面が裂けていくのではないか」

そんな恐怖を感じました。

建物も大きく揺れていました。

「このあと上からガラスの破片が降ってくるのではないか」

そんな不安が頭をよぎりました。

東日本大震災発生(2011/3/11の記事)

 

建物が倒壊するのか、地面が裂けていくのか、そんな不安を感じながら地面を見ると、あちらこちらから水が湧き出しています。

「水道管も破裂したのか」と、その時は思いましたが、あれが初めて「液状化」を目にした瞬間でした。

 

みるみる間に下がる地面。

あちこちから噴き出す土砂。

でも道を行き交う人々がパニックになったりすることはなく、みな無口で足早に歩いていました。

 

■東北・太平洋沿岸地震 液状化や噴砂の様子その1(千葉県浦安市)
■東北・太平洋沿岸地震 液状化や噴砂の様子その2(千葉県浦安市)
■東北・太平洋沿岸地震 液状化や噴砂の様子その3(千葉県浦安市)
■東北・太平洋沿岸地震 液状化や噴砂の様子その4(千葉県浦安市)
■東北・太平洋沿岸地震 液状化や噴砂の様子その5(千葉県浦安市)
■東北・太平洋沿岸地震 液状化や噴砂の様子その6(千葉県浦安市)

 

当初は「東北・太平洋沿岸地震」と呼ばれていた地震、のちに「東日本大震災」という名前に統一されました。

浦安市も計画停電対象になりました。

「電気がないと私たち、仕事にならないんだ。パソコンだとインターネットもつながらなんだ。」と痛感しました。

この経験が、私の考え方を大きく変えました。

この時からiPad講座に力を入れるようになり、それがスマホ講座へ、そして今の仕事につながっています。

 

停電でも授業 with iPad(2011/3/17の記事)
浦安市でも計画停電(2011/3/18の記事)
月夜が照らす浦安の計画停電(2011/3/18の記事)
停電の時に役立つアプリ ライト(2011/3/18の記事)

 

東日本大震災の後、2011年6月にLINEが登場しました。

「大切な人と連絡を取る」というこのアプリは、その後爆発的に利用者を増やし、今は誰もが利用するサービスとなりました。

 

震災の当日から、状況を伝えよう、記録を残そうと書いていたブログ。

スマホではなくデジタルカメラで撮影していた写真。

15年前の自分のブログを読み返して、あの頃の記憶や、気持ちがよみがえります。

2011年3月の時点で、私のスマホ歴はまだ4ヶ月。

サムスンの「ギャラクシー」が私の最初のスマホでした。

 

その前に持っていたガラケーも、私は満足に使いこなせておりませんでした。

京葉線に乗って東京駅まで行く途中、

「今、八丁堀駅です」と入力するのにさえ手間取りました。

「いま はっちょうぼり です」が、ガラケーで素早く入力できなかったんです。

「はっちょうぼり」の入力が終わるころには東京駅に着いてしまうという・・・笑い話です。

 

当時の私は、

・小さなキーは打ちにくい

・Enterキーがない

・こんな小さな機械で何ができるの?

そう思っていました。

だから今、

「スマホは文字が打ちにくい」とおっしゃる

シニア世代の気持ちはとてもよくわかります(笑)。

 

ガラケーをインターネットにつないで情報を得たり、メールを打ったり、なんて私はほとんどしていませんでした。

だってあの頃は「パソコン」があれば何でもできる、と思っていたから。

その頃のブログにも、「パソコン並みの入力速度は出ない」と書いています。

「書類を作るには、iPadやスマホではまだもどかしい」と書いています。

それがスマホを持ち始めたばかりの私の、スマホへの印象だったんですね。

 

それが一変したのが「3.11」でした。

パソコンは停電したら何もできない。

ノート型パソコンを背負って避難所には行けない。

 

確かに、2011年のブログにはまだ「タブレット」の記事が多く、展示会に行っては新しいタブレットを触って試していました。

ブログの記事に載せる写真も、デジタルカメラで撮ったものでした。どこに行くにもデジカメを持って行ってましたから。

出張の時には、まだノート型パソコンを持参していました。

 

それが今、写真も動画もスマホで撮り、動画の編集もスマホでやる。お買い物だってスマホで済ませる。

ノート型パソコンを出張に持っていくことは減り、プレゼンではノート型パソコンの出番はなくなり、スマホですべてを行う。

ガラケーで「はっちょうぼり」が入力できなかった私が、15年後にはスマホを何台も持ち歩き、スマホ先生としてスマホの本も書いている。

そんな未来は、15年前には想像もしてませんでした。

 

でも転機は間違いなく「3.11」です。

浦安市では計画停電があり、電気がないとどうなるのかを知りました。

当時のXでは、悲鳴にも似た被災者の声を誰もが見ることができ、SNSで人の命が助かることを目の当たりにしました。

これからは「据え置き式のパソコン」ではなく、持ち歩ける端末(その当時はタブレット、今はスマホ)の時代なんだなって、頭が切り替わったんですよね。

それが、私にとってのもう一つの「3.11」だったと、振り返ってみて思います。

 

 

2011年の4月初旬に、同業者の女性オーナーの集まりがありました。

その時のブログに、私はこんなことを書いています。

「近況報告で、浦安の現状などもお話してきました。そんなお食事の最中でも地震。余震が本当に多いことです。

おいしいお食事と、普段と変わらぬおしゃべりと、仕事に対する悩みや情報の共有など。

私たち、お客様を迎える側が元気でないといけないよね。

生徒さんが教室にいらして、ほっとしていただける場所を提供したいよね。

生徒さんが本当に役立つITスキルを身につけられるように、私たちにできることは何だろうね。

街のパソコン教室の役割って、何だろうね。

とにかく生徒さんに元気になってもらいたいよね。

シニア世代の方たちが、インターネットの情報から取り残されないように、私たちの役割って色々あるよね。

そんなことをたくさん話しながら、時は過ぎていきました。みんなに会って、私も元気をいただきました。

明日から頑張るぞ! と思いました。」

 

 

あの時も、今も、同じことを思っています。

私たちの役割って何だろう。私たちにできることって何だろう。常に自分に問いかけています。

生徒さんには

「知っていて役に立った」

「使ってみたら便利だった」

「お得な使い方ができた」

と、そういう経験をたくさんしていただきたいと思っています。

 

災害時は命を守る道具にもなるのがスマホです。

「知らなかったからこうなった」

「ちゃんと知っていれば・・・」という後悔はしていただきたくないのです。

私も新しいものは積極的に試してみて、これはぜひともご紹介したいというものは、どんどん皆さまにお伝えしたいと思っています。

生徒さんには、楽しく、役立つ、便利な使い方を身につけていただきたいと思っています。

そのために、日々考え、行動していきます。

 

この記事を書いた人:増田由紀
増田由紀
スマホ活用アドバイザー/
オンラインで学べる大人のためのスマホ・パソコン教室 「パソコムプラザ」代表(047-305-6200)。
ミセス・シニア・初心者の方に向けて、 スマホを「電話とLINEだけで終わらせない」活用法をお伝えしています。
和風なものと嵐が大好き。好きな場所は京都や沖縄。

※取材・講演・監修のご相談は「仕事のご相談」からどうぞ。



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